5億年前から地球を支えてきたミドリムシ

ミドリムシは5億年以上前に原始の地球で誕生した生き物です。
発見したのは、オランダのアントニ・ファン・レーウェンフック氏。1660年代のことです。学名のユーグレナという名前もレーウェンフック氏によって名付けられ、ラテン語で美しい(eu)眼(glena)という意味を持っています。ミドリムシは、鞭毛運動をする動物的性質をもちながら、同時に植物として葉緑体を持ち光合成を行う特徴があります。

ミドリムシの仲間である藻類が出現する前の地球には、バクテリアしか存在しない。陸上に生物が存在せず、大気の成分のほとんどは二酸化炭素だった。しかしあるときミドリムシが海に生まれて、他の藻類と一緒に、少しずつ一生懸命に光合成をすることで、CO2を酸素にしていった。そして大気に含まれる酸素濃度が15~20パーセントになったおかげで、生き物は水中から地上へと出て行けるようになったのだ。
魚はやがて両生類へと進化し、爬虫類、鳥類、哺乳類へと続く。人類が登場するまでのその間、4億9900万年もの月日がかかっている。つまり我々人類も、ミドリムシがいなかったら、存在していないのだ。ミドリムシは5億年前から地球を救ってくれていたのである。

株式会社ユーグレナ社長 出雲 充 著「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。」より

ミドリムシの食用としての大量培養を…株式会社ユーグレナの挑戦

株式会社ユーグレナは、世界で初めてミドリムシの屋外食用としての大量培養技術を確立した東京大学発のバイオテクノロジー企業です。
そもそも、日本のミドリムシの培養研究は長い歴史があり、1980年代から当時の通産省が中心となって進めた「ニューサンシャイン計画」の一環で行われていました。
プロジェクトは20年近くかけて行われ、研究者の方々はミドリムシを培養するためにありとあらゆる方法を試しましたが、大きな成果を残せないまま、2000年に中止となりました。
そんな背景の中、株式会社ユーグレナ社は、誕生しました。
ちょうど、地球温暖化について世論が盛り上がりをみせた2005年のことです。それまでも、ユーグレナ社出雲社長は、ミドリムシについて研究を行っていましたが、会社として「ミドリムシを食用としての大量培養し、食料・エネルギーなどのビジネス化」を行う為、2015年を目処に計画を進めていました。
しかし、ライブドアからオフィスの間借りと資金を支援してもらえることが決まり、加えて、世の中の地球温暖化問題への関心の高まりが重なり、このタイミングを逃す手は無いと、2005年8月、出雲社長、鈴木氏、福本氏の3人で、株式会社ユーグレナを設立、東大発のバイオベンチャーとして注目を集めることになります。
現在は、ユーグレナ社と夢と志に共感してくれた国内の研究機関や企業とともに、新しい未来を築く研究をしています。
しかし、20年かけて”食用としての大量培養”には届かない状況で、どのように成功へと進んでいったのでしょうか。

すべては「培養できたら」…月産耳かき一杯ぶん

20年以上に渡り研究が進められていたミドリムシには、様々な論文があります。
その中では、「ミドリムシを大量に培養して、栄養素豊富な食料として利用すること、またミドリムシが光合成によって太陽から取り入れたエネルギーを石油と同じように精製し、燃料としても利用できること、さらには二酸化炭素を消化させて、地球温暖化を食い止められること」について取り上げられているものがありました。現在のユーグレナ社の取り組みそのものでした。
しかし、それらは全て「ミドリムシの培養ができたなら」という前提のもとに書かれていたものだったのです。

僕はその論文を読んで、「まさにこれが自分の探し求めていたものだ。これこそが仙豆だ!」と確信した。
(中略)
「ミドリムシはね、本当に難しいよ。この論文はね、全部『培養できたら』という仮定の話なんだ。つまり『培養後』の未来を描いた論文で、ミドリムシの培養には、世界でまだ誰も成功していないんだ」
確かに論文を読み返しても、どうすればミドリムシが培養できるかは、一切触れられていない。中野先生に聞くと、1950年代からさまざまな研究者が世界中で培養を試みてきたが、芳しい成果はあがっておらず、いまではほとんど誰も目を向けてないという。ユーグレナ研究の権威である近藤先生や、研究を継いだ大政先生も中野先生も四苦八苦して実験を続けたが、いずれも満足のいく結果にいたっていない、というのだ。
しかも2000年、すなわち僕が訪れたこの年に、ニューサンシャイン計画は頓挫、終了したのだった。まさにそのタイミングで、若い僕が勢い込んで大阪までやってきた、というわけだ。
「難しい挑戦だよ。すべては『培養できたら』だから」
中野先生は、そう僕に告げた。
(中略)
栄養があればあるほど、他の微生物に狙われやすい。だから培養は極めて難しく、ちょっとの汚染で全滅してしまう。結果当時の技術では研究所内で「月産耳かき1杯」、つまり月にほんの数グラムしか産出できず、産業として成り立つ目処など夢のまた夢、と言う状況だった。

株式会社ユーグレナ社長 出雲 充 著「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。」より

カギは「蚊取り線香」…ついに食用としての大量培養に成功

ユーグレナ社が研究の末行ったアプローチは、今までの手法とはまったく異なるものでした。
生物汚染(ミドリムシは栄養豊富で美味なため、培養しても他の微生物に食べられてしまい全滅してしまいます)を防ぐために「他の微生物が侵入できないようにする」のではなく、「ミドリムシにしか生きられない環境を作る」という手法を導き出したのです。
その後、ユーグレナ社はこの「蚊取り線香」方式により「1リットルのフラスコから1グラム」しか培養することができなかったミドリムシが、今までと比較にならないほど大量に培養できたのです。
この技術を持つのは現状、世界でもユーグレナ社ただ1社。ミドリムシサプリメントに使われているミドリムシ「ユーグレナグラシリス」は数々の研究者たちの努力の賜物なのです。

例えていえばこういうことだ。
夏の夜、寝ようとするとき蚊に刺されたくないならばどうするか。それには二つの方法がある。一つは、部屋中に「蚊帳」をつるして、その中に入って寝る。蚊が一匹でも入ってきたら、血を吸われ放題になってしまうので、蚊帳を二重、三重にする、という考え方である。しかしそれでも、人が出入りするときに蚊帳の隙間から入ってくる蚊の侵入を防ぎきることはできない。
我々はそうではなくて、「蚊取り線香」を焚くことにした。部屋の中で蚊取り線香を焚けば、血を吸う蚊の侵入を阻止することができる。そこで寝る人は、多少の煙たさと臭さを感じるが、健康には影響がない。
それと同じように、ミドリムシにはほとんど何も影響を与えないが、ミドリムシ以外の生き物は侵入できないような培養液を人為的に作り出すことができれば、別にクリーンルームでなくても問題がないんじゃないか。そうすれば、屋外で大量に培養することが可能になる。当然、高価な投資の費用もかからないから、安く大量にミドリムシを増やすことができる。
「ミドリムシを天敵から守る環境をセッティングする」という発想から、「ミドリムシ以外は生きられない環境をセッティングする」という発想への切り替え。これが鈴木と僕が生み出したミドリムシ培養の切り札となるアイディアだった。

株式会社ユーグレナ社長 出雲 充 著「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。」より